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福岡地方裁判所 昭和60年(行ウ)20号 判決

原告 山下ユキエ

被告 福岡中央労働基準監督署長

主文

一  被告が、昭和五六年三月三日付で原告に対してした療養補償給付をしない旨の決定はこれを取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、財団法人福岡市学校給食公社(以下「公社」という。)に昭和四八年六月一日に入社して以来、調理員として中学校給食の調理業務に従事しており、入社時の原告の勤務場所は、福岡市中央区那の津四丁目二番五号所在の公社那の津支所(現福岡市立学校給食センター、以下「那の津支所」という。)であったが、昭和四八年一二月一日に同市早良区有田五丁目一二番一号所在の公社有田支所(以下「有田支所」という。)に転勤となった。

有田支所における調理作業は三三人の調理員を三組(一組一一人)に分けて、各組が約五〇〇〇食分の中学校給食の調理に当たるというものであり、原告の従事した作業は、調理材料の運搬、大型の器材による調理、配缶、洗浄、食缶、食器の格納等の作業であった。

2  原告は、昭和五三年ころから配缶作業、洗浄作業等に際して腰の痛みを自覚するようになったが、その痛みを翌日に持ち越すことはなかった。しかし、原告は、昭和五五年三月六日の調理作業中に腰に激痛を覚え、これ以上作業を続けることが困難となったため早退し、翌日、国立福岡中央病院整形外科の佐伯医師に受診したところ、腰痛症と診断され、二週間の自宅安静、湿布剤投与、腰痛体操の指示を受けた。

原告が佐伯医師の指示により二週間の自宅安静をとったところ、一応痛みも軽快したので、同医師の許可を受けた上で四月から再び出勤したが、調理作業に従事すると再び腰痛を来し、それ以上業務に就労することは困難となった。

3  原告の従事した業務は、軽重不同の物を繰り返し中腰で取り扱う業務、腰部にとって極めて不自然ないしは非生理的な姿勢で毎日数時間程度行う業務であるから、これは、労働基準法(以下「労基法」という。)七五条を受けて定められた労基法施行規則(以下「労基法規則」という。)三五条、別表第一の二第三号2に列記の業務態様、ことに労働省労働基準局長が都道府県労働基準局長に宛てた昭和五一年一〇月一六日付基発第七五〇号通達「業務上腰痛の認定基準について」(以下「七五〇号通達」という。)〔解説〕2(1)イ(イ)後段及び(ロ)の業務(別紙参照)に該当する。よって、これに因り生じた原告の前記腰痛は、右各法令にいう疾病(腰痛)に該当する。

4  原告は、被告(当時の福岡労働基準監督署長。昭和六一年労働省令第一〇号付則2により、同年三月三一日の組織改正後は被告が処分を行ったものとみなされる。)に対し、昭和五五年五月一〇日、原告の腰痛は業務上の事由によるものとして、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)一二条の八第二項に基づき療養補償給付の請求をしたところ、被告は、昭和五六年三月三日付で、原告の腰痛は業務上の事由によるものとは認められないとして療養補償給付を支給しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。

原告は、本件処分を不服として福岡労働者災害補償保険審査官に審査請求したが、昭和五八年七月一六日付で棄却され、さらに労働保険審査会に再審査請求したが、昭和六〇年八月二〇日付で再審査請求棄却の裁決がなされ、同年九月三〇日その裁決書の送達を受けた。

5  しかしながら、本件処分は、業務に起因する原告の腰痛を、そうでないと誤認した結果なされた違法な処分であるから、原告は、被告に対し、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、原告が国立福岡中央病院整形外科の佐伯医師に受診したことは認めるが、その余は不知。

3  同3は否認する。

4  同4の事実は認める。

三  被告の主張

1  被告は、原告の業務が種々異なった作業形態を含むため、七五〇号通達〔解説〕2(1)、(2)に例示の業務全部(別紙参照)について、その該当性を全体的に検討した結果、原告の業務は右例示の業務に該当するものではないものと判断したものであり、そうである以上、原告の腰痛が七五〇号通達の認定基準上、非災害性の腰痛に該当しないものと判断したに過ぎない。したがって、原告の腰痛が、同(1)、(2)のいずれに該当するのかということは議論の余地はない。

2  業務上外の認定に当たっては、他覚的所見等当該症状の内容、経過、作業状態、身体的条件、素因又は基礎疾患、作業従事歴、従事期間等を総合し、その業務実態が実質的にも右掲記の業務に当たるという場合でなければ、その業務起因性は否定されるほかはないのである。

原告の従事していた作業の流れを全体としてみれば、作業姿勢につき、中腰姿勢、腰部にとって極めて不自然ないし非生理的姿勢、長時間にわたり腰部の伸展を行うことのできない姿勢等が含まれるものの、同一作業を同一人が持続的、常態的に行われることのないよう組分けやローテーションが組まれ、全般的にそのような類型の姿勢を強いられる業務であると認めることは到底できないこと、運搬作業については、共同作業やごく短時間の作業が少なくなかったこと、調理作業については、作業動作が多種多様で、全身的な総合動作を伴うものであったこと、原告の労働日は学校の休みのない通常の月においてさえも各種事由による休みの日数が殆ど一〇日以上あり、加えて、原告は、団体交渉その他組合活動のための有給、無給の職務免除を相当数とっており、実働日数は、さらに少なくなっていたこと等を考え併せると原告の従事作業における腰部に対する負荷は、その程度自体決して強度のものではなく、しかも、持続的、常態的でなく、極めて断続的なものである。

3  したがって、原告の腰痛は、原告主張のように、七五〇号通達〔解説〕2(1)、(2)のいずれにも該当するものではなく、ひいては、労基法規則三五条、別表第一の二第三号2に規定する腰部に過度の負担のかかる業務による腰痛と認めることはできない。

よって本件処分には原告主張の違法はない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実、同2の事実のうち、原告が、国立福岡中央病院整形外科の佐伯医師に受診した事実、同4の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告の傷病(腰痛)の発生等について

成立に争いのない甲第七号証、乙第四、五号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第二一号証及び証人佐伯満の証言によれば、原告は、それまで特段に腰痛を覚えたことはなかったのに、昭和五三年ころから業務中に腰に痛みを感じることが多くなったこと、しかし、翌日に痛みを持ち越すということはなかったこと、同五五年一月中旬ころから腰部の痛みが取れなくなり、同年三月六日、調理作業中に腰部に激痛が走り、作業困難となって早退したこと、翌日、佐伯医師に受診したところ、腰痛症で約二週間の自宅療養、通院加療を要すると診断されたため自宅療養し、四月から有田支所に出勤し就労したものの再び腰痛をきたしたことの各事実が認められる。

右認定事実によれば、原告は、公社の調理業務等に就労中で、遅くとも昭和五五年三月、四月当時までには、医学上療養を必要とする腰痛症を患ったものと認められる。したがって、本件の争点は、原告の腰痛が労基法規則三五条、別表第一の二第三号2に規定している「腰部に過度の負担のかかる業務による腰痛」に該当するか否かである。以下この点につき判断をする。

三  原告の従事していた業務の態様について

前記争いのない事実及び成立に争いのない乙第五ないし七、一五、一六、二六、四五、四六、四九号証、原本の存在及び成立について争いのない乙第二二、三二、三四、三五、四一ないし四三号証を総合すると、次の各事実が認められる。

1  有田支所に勤務するまでの原告の職歴及び業務

原告は、昭和四二年九月一〇日から同四四年二月一〇日まで博多食品商工協同組合で伝票整理、配達の業務に、昭和四四年三月一日から同年七月三〇日まで末松刷子製作所で配達(運転)の業務に、昭和四四年一〇月一日から同四八年五月一日まで柴田商店で配達及び訪問受の業務に従事していたが、以上の業種においては特に腰部に負担のかかる業務はなかった。

その後、原告は、昭和四八年六月一日、公社に入社し、中学校給食の調理員として調理業務に従事してきた。原告の勤務場所は、入社後、昭和四八年一一月三〇日までは那の津支所であり、同年一二月一日以後は有田支所である。

2  有田支所における業務の概要

(一)  調理員の編成及び給食数

昭和五五年当時の有田支所の全調理員数は三三名であり、近隣の中学生の給食約一万五〇〇〇食を調理していた。そして、右三三名を三組(各組一一名)に分け、各組がそれぞれ給食約五〇〇〇食ずつを担当していた。

(二)  調理員の労働条件

各組の調理員はそれぞれ当番によって、早番(一名)と遅番(一〇名)とに分かれ、早番の調理員は、午前八時から午後四時まで、遅番の調理員は、午前八時三〇分から午後四時三〇分までが勤務時間であり、原則として昼に一時間の休憩時間がある。休日は日曜日、国民の祝日及び隔週土曜日である。

(三)  給食調理業務の内容

有田支所での業務は、大別して調理材料の運搬作業、調理作業、配缶作業、洗浄作業、格納作業に分かれる。

(1) 午前中の作業

午前中の作業は、調理作業及び配缶作業であり、基本的に、早番が、当日の給食の材料の準備をし、遅番が、用意された材料を使用して調理する。主に使用する調理用の機械・器具は、蒸気回転釜・自動揚機・自動焼機・ガス回転釜・蒸し機・ミキサー・スライサー等であり、各組は調理上、二班に分かれ、予定された献立に従って、副食を三ないし五種類調理し、それを各クラスごとに配缶していく。

調理、配缶終了後、各班は調理に使用した機械、器具類の洗浄、後片づけを行う。

(2) 午後の作業

午後の作業は、午前中に使用した機械・器具類の洗浄、後片づけの続き、翌日の準備及び回収された食缶、食器等の洗浄、格納等である。主に使用する洗浄用の機械、器具は、荒洗い用のシンク(水槽)、食缶洗浄機、食器洗浄機、スプーン洗浄機等であり、洗浄された食缶、食器類をコンベアーに乗せて移動させ、消毒し、保管庫に格納する。

毎週金曜日には調理終了後に調理場の側溝洗いの作業を全員で行うことになっている。

(四)  有田支所で使用する調理器具・容器等の重量

ステンレスしゃもじ(一〇〇・五センチメートル) 約二・〇キログラム

ひしゃく(一一〇センチメートル)        約〇・七キログラム

食缶                      約二・一キログラム

食缶の蓋                    約〇・六五キログラム

天ぷらパット                  約〇・六キログラム

天ぷらパットの蓋                約〇・四キログラム

玉ねぎのいっぱい入った深籠         大 約四一キログラム

小 約二五キログラム

3  給食調理業務・作業の実態

(一)  各組一名の早番の調理員は、午前八時に出勤し、約三〇分間で当日の給食の献立にしたがって魚肉、缶詰等の運搬、調理準備や野菜の洗浄、野菜の切り込み等を行い、午前八時三〇分ころから準備室において翌日の給食の添加物(マーガリン、ソース、ジャム等)を各学校、クラスごとに数をそろえる。

(二)  遅番の調理員は、午前八時三〇分に出勤し、献立表によって各組ともA班・B班の二班に分かれて、分担された調理作業に従事する。

(三)  A班・B班の午前中の作業

午前中の作業は献立によって一様ではないが、A班担当の献立がちくわの照り煮、B班担当の献立が野菜のクリーム煮の場合を例にとって、A班・B班の具体的な作業をみると、以下のとおりである。

(1) A班の午前中の作業(ちくわの照り煮)

イ 五〇〇〇食分のちくわを手切りで斜め切りにする。

ロ 手切りしたちくわを四〇キログラム入りの深籠に満杯になるまで入れて、それを釜の傍まで台車に乗せて一人で運ぶか又は二人で手に持って運んで行く。

ハ 釜にしょうゆ、砂糖、水、みりんを入れ、煮え立ってからちくわを入れて煮つめて、照りを入れる。一つの釜を六回使用するので、同様の作業を六回繰り返す。

ニ ちくわを煮立てている間にパット一四四クラス分(約一八六・四キログラム)及びパットの蓋一四四クラス分(約四〇・一キログラム)を保管庫から調理台まで台車で運び出す。

ホ パットを出し終わった後、釜の中の煮上がったちくわを網しゃもじですくい上げ、たらいの中にちくわを入れる。一釜のちくわの量でたらい三、四杯分となるため、六釜分全部でたらい二〇杯以上の分量である。たらいの中にちくわを入れた重さは三五キログラムから四〇キログラムになる。

ヘ 二人でちくわの入ったたらい二〇個以上を高さ七〇センチメートルの調理台の上に載せ、そこからクラスごとに配缶する。配缶作業中は中腰の反復作業となる。

ト 配缶終了後は、一名が釜を洗い、一名が翌日の調味料の計量をし、残りの三名が、調理に使用した深籠二八個、浅籠三三個、大しゃもじ、バケツ、たらい等の器具類を洗浄する。

(2) B班の午前中の作業(野菜のクリーム煮)

イ 使用する材料は、豚肉一三〇キログラム、玉ねぎ二〇〇キログラム、じゃがいも二〇二キログラム、人参九六キログラム、グリーンピース二二キログラム、ルー九キログラム、スキムミルク二六キログラムであり、以上の材料から、三釜使用して一回平均一二三〇食分、計四釜分を調理する。

ロ 一釜当たりの調理作業は、豚肉(三二・五キログラム)を釜に入れマーガリンで炒め、塩こしょうをしてステンレスしゃもじで約五〇回混ぜ、次に玉ねぎ(五〇キログラム)を入れて、豚肉と玉ねぎの合計八二・五キログラムを約二〇回混ぜ合わせる。さらに、人参(二四キログラム)を入れ、ステンレスしゃもじで約二〇回混ぜ合わせる。この後、釜に五・六〇リットルの水を入れ、約二〇分間煮込み、ルーを入れて二〇〇回から三〇〇回、スキムミルクを入れて約二〇〇回、グリーンピースを入れて約一〇〇回程度かき混ぜる。これらの攪拌作業は、ステンレスしゃもじを両手に持って、前傾姿勢のまま行われる。

ハ なお、釜に水を入れて煮込んでいる二〇分間に二人の調理員が配缶に利用する食缶(一個二・一キログラム・一四四個)、食缶の蓋(一個〇・六五キログラム・一四四個)を保管庫から下ろして釜の傍まで運ぶ。

ニ 煮込み終わったら、二人一組(一人は配缶、一人は運搬)の計四名で二釜分の野菜のクリーム煮を食缶に配缶する。この配缶作業は、ひしゃくで上半身をひねった姿勢で一釜を短時間のうちに八〇回から九〇回程度でくみ尽くす作業である。

ホ 配缶終了後は使用した釜を洗浄する。

(四)  A班・B班の午後の作業

(1) 午後の作業の分担

午後の作業は、食缶洗浄、食器洗浄、スプーン・フォーク洗浄の三つに分かれ、三日交替で各組がそれぞれを担当することになっており、さらに各組の中で洗浄するグループと格納するグループに分かれている。

(2) 洗浄、格納する食缶等の数量

洗浄、格納の対象は献立によって異なるが、通常、食缶三九九個(八三七・九キログラム)、天ぷらパット七九六個(五一七・四キログラム)、食缶の蓋三九九個(約二五九・三五キログラム)、天ぷらパットの蓋七九六個(約三一八・四キログラム)、スプーン・フォーク各約一万五〇〇〇本、その他、パンばさみ、玉しゃくし、うどんしゃくし及びしゃもじ各約八〇〇本である(献立によっては使用しないものもあるが、通常はこれらをすべて洗浄し、格納することになる。)。

(3) 食缶、食器の洗浄作業

二、三名の調理員が、各学校から戻ってきたコンテナ車からコンテナボックスを引き出し、その中から使用済みの食缶、天ぷらパットを取り出し、蓋を開けて隣りのシンクに入れ、更に食缶の中の残菜を残菜桶に移した後、食缶、天ぷらパットを洗い場のシンクに入れる作業を行う。一名の調理員が、シンクの中に入った食缶・天ぷらパットを荒洗いし、別の調理員一名が荒洗いされた食缶・天ぷらパットをシンクの中から取り出し、洗浄機にふせて入れ、一名の調理員は、洗浄機によって洗浄された食缶、天ぷらパットの汚れの有無を点検してベルトコンベアに乗せる。隣のシンクでは、右と同様に、食缶の蓋、天ぷらパットの蓋、フォーク、食器入れの金籠の洗浄を行う。

食器の洗浄についても、シンクと食器洗浄機が二台ずつあり、各流れに五名ずつの職員が従事し、食缶の場合と同様に洗浄作業が行われる。スプーンの洗浄についても右とほぼ同じである。

(4) 食器セットの格納作業

一名の調理員が、洗浄点検済の食器の入っている籠をセット台まで運び、別の一名の職員が、翌日の献立に応じてスプーン、パンばさみ、玉しゃくし、うどんしゃくし等をクラスごとにセットして籠の中に入れ、これをワゴン車に積み上げる。さらに他の一名が、籠が八個から一二個積み込まれる都度、ワゴン車を学校ごとに区分されている食器保管庫まで運び、学年別に格納する。

この一クラス分の籠の重量は約一二・五キログラムであり、それを保管庫(最上段の高さは一五二センチメートル、最下段の高さは三六センチメートル)に合計三八九個一人で格納する。身長のそれほど高くない女性が、この作業を担当した場合、保管庫の最上段に格納するときは食器セットを頭の上付近にまで抱え上げ、腕を伸ばして押し込めなければならず、また、最下段に格納するときは腰を屈めて押し入れることになる。

(5) 食缶の格納作業

洗浄機からコンベアに乗って流れてくる食缶を三個重ねて一組(約六・三キログラム)とし、全部で一三三組、天ぷらパットは九個重ねて一組(約五・八五キログラム)とし、少なくとも全部で五〇組を右保管庫に格納する。

(6) 午後の作業は、毎日同一作業ばかりに従事することがないように約三週間で同一作業が順番にまわってくるように工夫されている。

四  労基法規則三五条、同別表第一の二第三号2の該当性について

1  以上認定の事実を基に、原告の本件腰痛が、労基法規則三五条、別表第一の二第三号2の「腰部に過度の負担のかかる業務による腰痛」に該当するかどうかを検討する。

2  七五〇号通達の業務認定基準にいう「業務」及び「腰痛」該当性について

(一)  業務上の腰痛の認定基準については、労働省労働基準局長から都道府県労働基準局長宛に発せられた七五〇号通達(原本の存在及び成立について争いのない乙第五三号証の一)が存在し、その中の「災害性の原因によらない腰痛」の箇所で、「重量物を取り扱う業務等腰部に過度の負担のかかる業務に従事する労働者に腰痛が発症した場合で当該労働者の作業態様、従事期間及び身体的条件からみて当該腰痛が業務に起因して発症したものと認められ、かつ、医学上療養を必要とするものについては、労基法施行規則別表第一の二第三号2に該当する疾病として取り扱う。」としている。これは、腰痛が多くの場合年齢的、日常的な素因やその他の多要因が複雑に絡み合って発症し、その発症、機序も多様に存在するため、これについて業務上外の認定をすることが一般的に困難であることから、その認定をするに当たり、右別表第一の二第三号2を敷衍し、腰痛について一般的な認定基準を示しているものであり、少なくとも、同認定基準に該当する限り業務上のものと認定することには合理性を認めることができる。よって、被告が本件処分に関し、七五〇号通達の認定基準に反して原告の腰痛を業務外のものであると認定している場合には、本件処分は右通達の適用を誤ったもので、当然に違法なものといって差し支えないから、まず、原告の腰痛が、七五〇号通達の「災害性の原因によらない腰痛」に関する業務上認定基準に該当するといえるのかどうかを問題とすべきことになる。

(二)  七五〇号通達〔解説〕は、「災害性の原因によらない腰痛」について、(1)腰部に過度の負担のかかる業務に比較的短期間(おおむね三か月から数年以内をいう。)従事する労働者に発症した腰痛と、(2)重量物を取り扱う業務又は腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務に相当長期間(おおむね一〇年以上をいう。)にわたって継続して従事する労働者に発症した慢性的な腰痛とに類別している。そして、(1)については、「腰部に過度に負担のかかる業務に比較的短期間従事する労働者に発症した腰痛の発症の機序は、主として筋、筋膜、靱帯等の軟部組織の労作の不均衡による疲労現象から起こるものと考えられる。」とされていること、及び「このような腰痛は、腰部に負担のかかる業務に数年以上従事した後に発症することもある。」とのなお書きが付されていること、(2)については、「前記イ又はロに該当する業務(別紙参照)に長年にわたって従事した労働者に発症した腰痛については、胸腰椎に著しく病的な変性(高度の椎間板変性や椎体の辺縁隆起等)が認められ、かつ、その程度が通常の加齢による骨変化の程度を明らかに超えるものについて業務上の疾病として取り扱うこととしたものである。」とされていること等からすると、七五〇号通達は、比較的短期間従事=軟部組織の疲労現象(筋、筋膜性腰痛)、相当長期間従事=胸腰椎の著しい病的変性(慢性的腰痛)といった一応の類型化を基に、業務就業年数及び病的変性といった他覚的症状の有無(腰痛の種類)によって腰痛を右のように(1)、(2)に類別し、それに続けて、そのような腰痛を生じ得る腰部に過度の負担のかかる業務、重量物を取り扱う業務の典型類型を例示したものと解するのが相当である。したがって、まず、原告の腰痛が右(1)、(2)のいずれの腰痛に分類されるのかを検討する。

(三)  前記各証拠及び成立に争いのない乙第一一、一二号証の各一によれば、原告が、業務中に腰痛を感じるようになったのは、原告が公社に入社して給食調理業務に就いてから約五年後であり、重度の腰痛のため業務に就くことができなくなったのは就業してから約六年九か月後であること、原告の腰痛は、X線写真検査による骨変化等の他覚的所見までは存在しないことが認められるから、原告の腰痛は、七五〇号通達〔解説〕によると、(1)腰部に過度の負担のかかる業務に比較的短期間(おおむね三か月から数年以内)従事する労働者に発症した腰痛に類別されることになる。

そうすると、原告が従事していた業務が、七五〇号通達〔解説〕2(1)イ(別紙参照)が挙げる業務に該当するかどうかが問題となるが、先に認定した原告の従事していた具体的な作業に鑑みると、右イで挙げられている業務のうち、特に、(イ)おおむね二〇キログラム程度以上の重量物又は軽重不同の物を繰り返し中腰で取り扱う業務、又は(ロ)腰部にとって極めて不自然ないし非生理的な姿勢で毎日数時間程度行う業務のいずれかに該当するか否かが問題となるので、次にこの点を検討する。

(四)  七五〇号通達〔解説〕2(1)イ(イ)の業務該当性について

前記認定事実に照らせば、原告の従事した作業内容には各種の材料・器具の運搬作業等二〇キログラム程度以上の重量物を取り扱う作業及び食缶・食器の洗浄作業等軽重不同のものを取り扱う作業がかなり含まれており、しかも、その作業を中腰姿勢で行うものも相当程度認められるが、時間的な割合からすると、軽い前傾姿勢もしくは直立姿勢で行う作業がより大きな割合を占めており、業務全体を通じて類型的に中腰姿勢による作業を繰り返し行っているということはできず、右(イ)に直ちに該当するとはいい難い。

(五)  七五〇号通達〔解説〕2(1)イ(ロ)の業務該当性について

原告の従事した作業の中には、腰部にとって極めて不自然ないし非生理的な姿勢で行わざるを得ない作業も含まれてはいるが、原告の従事した作業は、一日のうちでも時間帯により、また日によって(三日交替又は三週間に一回のローテーション)多種多様であるから、毎日数時間にわたって腰部にとって極めて不自然ないし非生理的な姿勢で業務を行うことを強いられているわけではなく、右(ロ)にも直ちに該当するとはいえない。

(六)  よって、原告の従事した業務が七五〇号の通達〔解説〕2(1)イ(イ)(ロ)の業務類型に直接該当するから、原告の前記腰痛は同通達〔解説〕2(1)の腰痛であると断ずることには確かに問題がある。

3  同通達の認定基準に準じうるか否かについて

(一)  しかし、先に述べたように、七五〇号通達〔解説〕2(1)イが挙げている業務は、一般に腰痛が業務上のものであるかどうかを認定するのが困難であるため、労基法規則三五条、別表第一の二第三号2に規定している作業態様の典型類型を例示しているに過ぎないと解されるし、七五〇号通達自体も「業務上の認定に当たっての一般的な留意事項」として「症状の内容及び経過、負傷又は作用した力の程度、作業状態(取扱い重量物の形状、重量、作業姿勢、持続時間、回数等)、当該労働者の身体的条件(性別、年齢、体格等)、素因又は基礎疾患、作業従事歴、従事期間等認定上の客観的な条件の把握に努めるとともに必要な場合は専門医の意見を聴く等の方法により認定の適正を図ること。」と指摘していることからしても、同通達が業務起因性の認定に慎重を期することを求めつつも、右イに挙げた業務に直接該当しなくても、業務起因性の認められる場合があり得ることを前提としていることは明らかである。すなわち、原告の従事した業務が、右イに挙げられている各業務の態様と同程度に腰部に過度の負担のかかる業務であれば、別表第一の二第三号2の作業態様に該当することになり、そして、原告の腰痛が右作業態様に起因すること(因果関係)が認められるならば、右イが挙げる業務に直接該当しなくても業務起因性は認められるものと解するのが相当である。

(二)  そこで、先に認定した原告の従事していた作業態様が、七五〇号通達〔解説〕2(1)イに挙げられている各業務と同程度の腰部負荷のかかる業務であるかどうかを検討すべきところ、原告が従事する作業態様中、午前中に従事する調理作業は献立のサイクルにより(三日ごと)、午後の洗浄、格納作業はローテーション(三週間)により、担当する作業態様が毎日変わるものであるから、それらの作業をもって、持続的、常態的に同一の腰部負荷が加えられるものであるとはいえない。しかし、全体として立位又は軽度の前傾姿勢のまま長時間立ち続けて行う作業で腰の筋肉を疲労させることが窺える上、調理作業における材料運搬作業は概ね二〇キログラム程度以上の重量物を取り扱う作業であり、食器セットや食缶の格納作業については、食器セット・食缶の一個当たりの重量は一〇キログラム程度であるものの、格納する個数がかなり多く、しかも、これを上げ下げする作業であって、他の調理作業をも含めて全体としては相当の腰部負担が加えられることになるものと考えられる。さらに、釜の攪拌、釜からしゃくし等による配缶作業、食缶・食器の洗浄作業等は軽重不同のものを繰り返し中腰ないし前屈みの姿勢で取り扱う作業である。

結局、個別の作業に着目すれば同一作業を長時間持続するものとはいえなくとも、いずれも腰部にかなりの負担のかかる作業間での作業の展開、推移であって、これらを全体として評価すれば、原告の従事していた業務は右イに挙げられた業務と同程度の腰部負荷を伴う業務であり、結局、労基法規則三五条、別表第一の二第三号2の腰部に過度の負担のかかる業務であることが認められる。

4  原告の従事業務と原告の腰痛との因果関係について

(一)  右の認定事実からすると、給食調理作業中に原告の腰部に加えられた負担の程度は、日常生活における一般的な諸動作による負担の域をかなり超えるものであり、原告はこの業務に六年間もの間継続的に従事することによって、通常の日常生活を営む限りでは生じ得ないような強度の腰部の筋、筋膜、靱帯等の軟部組織の疲労をもたらされたものと認めるに難くない。しかも、原告は、公社入社前は腰痛症に悩まされたことは全くなく、給食調理業務に従事するようになってから約五年後に初めて腰痛を覚え、さらに、約六年九か月後に業務就労が不能となる腰痛症を患うことになったものであり、昭和五五年三月七日から自宅で約二週間の療養をとると一時的に腰痛が治り、給食調理業務に就くと再び腰痛を来すようになったものである。

(二)  また、成立に争いのない甲第二八号証の二、三によれば、昭和四八年に労働省労働基準局長から都道府県労働基準局長宛に発せられた「学校給食事業における労働災害の防止について」と題する通達(昭和四八年三月六日付基発第一〇七号)別添の「学校給食事業における安全衛生管理要綱」の3の(9)には「食器、食品材料等を運搬する作業は、適切な自動運搬装置の導入、レイアウトの改善等により、腰痛症等を防止するためできうる限り合理化すること。」との指導が挙げられ、同4では健康診断における検査に重量物の取扱い運搬に伴う腰痛症に関する所定の検査を含めるよう指導されていること、さらに、昭和五六年に労働省により実施された公立学校における学校給食事業の安全衛生に係る実態調査に際して、腰痛症に関する健康診断検査やこれに対する対策の実施状況の調査がその一項目として行われていることが認められ、学校給食事業における腰痛症の発生が問題意識として存在していたことが推認される。さらに、成立に争いのない甲第一〇号証によれば、学校給食調理職場は女性職場の中で腰痛症の多発職場であり、特に調理給食数の多いいわゆるセンター方式の調理職場の方が腰痛症の発生率が高いとする文献も存在することが認められる。

そして、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証、第二号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第四一号証、証人藤田一枝、同矢加部妙子の各証言によれば、実際、昭和五四、五年当時、原告と同一もしくは類似の給食調理業務の職場、職種において原告と同様の腰痛が多発していたことが認められる。

(三)  一方、証人藤田一枝の証言及びその証言によって原本の存在及びその成立が認められる甲第五号証、弁論の全趣旨によって原本の存在及びその成立が認められる乙第六〇号証、証人堤亨の証言によると、昭和五七年に、公社は、労働基準監督署から給食調理員の間で腰痛が多発していることを指摘され、それを受けて、〈1〉従来使用していた食器籠をより小さい食器籠に代える、〈2〉台車の数を増加させる、〈3〉重い物を運ぶときには必ず二人で運ぶように調理員を指導する、〈4〉男子職員を大幅に増加させる、〈5〉腰痛体操を実施する等の改善措置を行い、その結果、多発していた腰痛が右改善措置後、かなり減少していることが認められる。

(四)  さらに、原告の本件業務を除く日常生活その他において、一般的な年齢的素因や日常的諸動作に伴う負担以外に、原告の腰痛の原因となるような特段の事情が存在したことを窺わせる証拠は何ら存在しない。

(五)  以上のように、原告の従事した業務内容及び腰痛の症状、腰痛の発生時期、原告の作業状況、同一職場・職種での腰痛の多発性、職場環境の改善とそれに伴う腰痛の減少等を考え併せると、原告が当時の条件下での給食調理業務に従事したことにより、原告の腰痛が発症したものと認めるのが相当であるから、原告の腰痛の業務起因性は認められるものとするのが相当である。

(六)  なお、九州労災病院病院長の安藤正孝医師は「認定基準に照らしてもこの程度で直ちに業務上と認定するには甚だ躊躇せざるを得ないものと思料する。」との意見書(成立に争いのない乙第一二号証の一)を提出している。しかし、安藤医師が業務上と認定するのに躊躇せざるを得ないとしている理由は、専ら原告の腰痛が自覚症状のみで他覚的所見が極めて乏しいとする点にあるが、七五〇号通達〔解説〕2(1)は、腰部に過度の負担のかかる業務に比較的短期間従事する労働者に発症したもので、レントゲン写真上病的変性が認められず、他覚的所見に乏しい筋、筋膜、靱帯等の疲労現象から起こる腰痛も、業務上の事由による腰痛と認定される場合があることを前提としており、また、原告の腰痛は、他覚的所見に乏しいとはいえ、佐伯医師らにより、触診その他による圧痛、可動域制限等の所見も踏まえて腰痛症であるという判断がされている(成立に争いのない乙第八号証の一、同医師の証言により認める。)のであるから、安藤医師の意見をもって、原告の腰痛が業務上の事由によるものであるとする前記判断を左右するものとは考えられない。

五  以上によれば、原告の腰痛は労基法規則三五条、別表第一の二第三号2の「腰部に過度の負担のかかる業務による腰痛」に該当し、労災保険法一二条の八第一項一号、二項による療養補償給付の対象となるものであるから、原告の腰痛を業務上の疾病によるものとは認められないことを前提としてした被告の本件処分は違法であり、取消しを免れない。

六  結論

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川本隆 川神裕 阿部哲茂)

基発第750号

昭和51年10月16日

都道府県労働基準局長 殿

労働省労働基準局長

業務上腰痛の認定基準等について

〔解説〕

2 災害性の原因によらない腰痛

災害性の原因によらない腰痛は、次の(1)及び(2)に類別することができる。

(1) 腰部に過度の負担のかかる業務に比較的短期間(おおむね三ヵ月から数年以内をいう。)従事する労働者に発症した腰痛

イ ここにいう腰部に負担のかかる業務とは、次のような業務をいう。

(イ) おおむね二〇kg程度以上の重量物又は軽重不同の物を繰り返し中腰で取り扱う業務

(ロ) 腰部にとって極めて不自然ないしは非生理的な姿勢で毎日数時間程度行う業務

(ハ) 長時間にわたって腰部の伸展を行うことのできない同一作業姿勢を持続して行う業務

(ニ) 腰部に著しく粗大な振動を受ける作業を継続して行う業務

ロ 腰部に過度に負担のかかる業務に比較的短期間従事する労働者に発症した腰痛の発症の機序は、主として筋、筋膜、靱帯等の軟部組織の労作の不均衡による疲労現象から起こるものと考えられる。

したがって疲労の段階で早期に適切な処置(体操、スポーツ、休養等)を行えば容易に回復するが、労作の不均衡の改善が妨げられる要因があれば療養を必要とする状態となることもあるので、これらの腰痛を業務上の疾病として取り扱うこととしたものである。

なお、このような腰痛は、腰部に負担のかかる業務に数年以上従事した後に発症することもある。

(2) 重量物を取リ扱う業務又は腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務に担当長期間(おおむね一〇年以上をいう。)にわたって継続して従事する労働者に発症した慢性的な腰痛

イ ここにいう「重量物を取り扱う業務」とは、おおむね二〇kg以上の重量物を労働時間の三分の一程度以上取り扱う業務及びおおむね二〇kg以上の重量物を労働時間の半分程度以上取り扱う業務をいう。

ロ ここにいう「腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務」とは、前記イに示した業務と同程度以上腰部に負担のかかる業務をいう。

ハ 前記イ又はロに該当する業務に長年にわたって従事した労働者に発症した腰痛については、胸腰椎に著しく病的な変性(高度の椎間板変性や椎体の辺縁隆起等)が認められ、かつ、その程度が通常の加齢による骨変化の程度を明らかに超えるものについて業務上の疾病として取り扱うこととしたものである。

エックス線上の骨変化が認められるものとしては、変形性脊椎症、骨粗鬆(すう)症、腰椎分離症、すべり症等がある。この場合、変形性脊椎症は一般的な加齢による退行性変性としてみられるものが多く、骨粗鬆症は骨の代謝障害によるものであるので腰痛の業務上外の認定に当たってはその腰椎の変化と年齢との関連を特に考慮する必要がある。腰椎分離症、すべり症及び椎間板ヘルニアについては労働の積み重ねによって発症する可能性は極めて少ない。

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